大阪家庭裁判所 昭和50年(家)1672号 審判 1976年3月31日
申立人 上田喜美子(仮名)
相手方 上田勝(仮名)
主文
相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として、昭和五一年四月以降、当事者の別居解消または婚姻解消に至るまで、毎月四五、〇〇〇円づつを毎月末日限り、申立人方に持参または送金して支払え。
理由
1 本件申立の要旨は、申立人と相手方は夫婦であるところ、相手方に女性関係が生じ、その女性の隠し場所を見つけようと相手方の後をつけたことから家庭不和となり、昭和四九年一月から別居するに至つたが、相手方は生活費を渡してくれないので、相手方に対し婚姻費用分担金として毎月金一五万円宛の支払いを求める、と云うにある。
2 本件調査、審問その他相当の証拠調の結果認定される当事者双方の婚姻生活及び紛争の実情は以下のとおりである。
(1) 申立人と相手方は、昭和二四年ころ、和歌山県××郡○○町の申立人方実家で同棲生活に入り、同二五年七月二三日長男良夫をもうけ、同年同月三一日婚姻届出をした夫婦で、同二九年一月二五日には二男治男も出生し、数年前からは申立人肩書住所地の借家で夫婦二人家族の婚姻生活を送つていたが、家庭不和のため、昭和四九年二月相手方が家を出て夫婦は別居した。
(2) 上記家庭不和の原因は申立人が相手方の女性関係を疑つた点にある。結婚当初のころから、申立人らの夫婦仲は必しもしつくりしたものでなく、今日に至るまでには幾度かにわたる別居状態があり、又その間に申立人が他の男性と同棲していた期間もあつたが、申立人によれば、相手方は生来的な漁色家で若いころから女関係が絶えず、本件別居当時は、相手方の弟の妻の妹東ヒデ子と関係していたと云う。これに対し相手方は、以前には自分にも確かに何回もの女関係があつた、しかしここ数年間は不貞の事実は全くない、もう年齢でもあり、この先そう永く働けそうにない将来を考えて只管働らいて来たのみであると事実を否定し、申立人は以前からそうであつたが甚だしい嫉妬盲想であり、夫とのみでなく他の誰人とも協調できない性格である、例えば自分が髭を剃つたり頭髪に油をつけたりしていると女と会いにゆくのだろうと喧しく怒鳴り、自分が深夜業を終えて帰つて来るのを、女性と一緒に帰つて来るのでないかと自動車置場でじつと待ち、飼つていた鳥を帰郷不在中近所の知人宅に預つて貰つていたところ、その知人の妻に「鳥を預かる位なら主人と一緒に寝たろう」と怒鳴り込む、と非難している。
ところで申立人は、相手方に現に女性関係があり、不貞行為があると確信しており、その根拠として、同居中、相手方が家のものをしきりに持出したこと、給料をよく使つたこと、相手方の持つていた紙片に記された電話番号が前記東ヒデ子のアパートのものであるらしいこと、相手方が急に足繁く東ヒデ子の義兄になる相手方弟宅を訪ねるようになつたこと、相手方と一緒に買物に出た折相手方がしきりに女物の時計や指輪を物色していたこと、夜勤に出てゆくとき穿いて出たしわのない下着が帰宅したときしわくちやになつていたこと、などなどを挙げ、相手方の所持していたマッチの電話番号を調べてそれが難波宗右衛門町のクラブのものであると判ると、夜間同クラブの辺りに閉店時間まで張り込みをしたり、同じく相手方所持紙片に記された電話番号を調べて、その電話の架設されているビルまで探索に赴いたり、相手方が勤務先の車に乗つているのを見かけ、女のところへ行くものと考え、勤務先へ電話で、従業員の女のところへ行くのに会社の車を貸すのか、と談じ込んだりしている。しかし結局相手方に東ヒデ子もしくはその他の女性との不貞行為があると認めるに足る確証は得られていない。
(3) 昭和四九年一月末ころ、相手方は所要で職業安定所へ赴いたが、同日朝は体調不変を訴えて臥つていた申立人が、相手方が女と逢引するのでないかと疑つて職業安定所付近に身をひそめて見張つていたのに相手方が気付いたことから、帰宅後激しい夫婦喧嘩となり、これが直接のきつかけとなつて申立人の兄西川信次方で同人を交えて談合した結果、相手方が家を出て夫婦は本件別居に至つた。
3 以上の事実に徴すると、申立人は相手方の不貞を確信しているが、何ら確証と認めるに足る程のものがない許りでなく、却つてその確信の根拠となるものは、申立人の先入観にもとづき些細もしくは徴妙な事象を捉えた極めて短絡的飛躍的な推測ないし想像の域を出ないものであり、これを以て家庭不和別居の因が相手方の不貞にあつたとみることは困難であつて、むしろ今回の夫婦不和別居の原因は、主として申立人の異常なまでの嫉妬、猜疑心、想像力、被害意識に相手方が対応できず、これを忌避し、辟易し、申立人との婚姻生活を維持してゆく気持を失つて了つたところにあると思われる。もとより、申立人が前記のような状態に陥つて了つたことは、独り申立人のみの責任と云うべきではなく、相手方の過去の繰り返された女性関係とこれにもとづく家庭不和や相手方に対する不信感が、申立人に今日のような異常なまでの嫉妬心等を抱かせるに至つたについて預かるところが大きいとみられるのであるが、それにしても上記に鑑れば夫婦が今回の別居に至つた責任は、夫たる相手方にもその一半がないとは云えないけれども、むしろより多くのものが申立人の側にあると云わなければならないと考える。
4 別居に至つた原因につき夫婦のいずれもがその責任を有するときは、一方は他方に対して婚姻費用分担義務を免れないと云うべきである。しかしながら、義務者の負う別居に至つた責任に対して、請求者の夫婦としての協力義務違反がより大きく別居の原因を作出しているものであるときは、義務者の負担する婚姻費用分担義務はそれに相応して相当程度減縮されると解するのが相当である。そしてこれを本件についてみれば、前記の次第からして、相手方は婚姻費用分担義務は免れないけれども、その分担の程度は通常の場合に比して相当程度減額されて然るべきである。
5 そこで、相手方の負担すべき婚姻費用額につき検討することとするが、各当事者調査、審問の結果によれば、申立人、相手方それぞれの生活状況、収入等は以下のとおりである。
(1) 申立人は肩書住所地の借家に単身居住し、別居後二~三ケ所で稼働したが、現在は原因不明の発熱があつたりして医師から静養を命ぜられており、無職無収入である(但し、本籍地に申立人所有の借家二軒があり、その賃料は月四、五〇〇円であるが、可成り古い家であり、隔地でもあつて賃料収入は滞り勝ちである。そこで少額でもあり、本認定上収入より除外した。)。別居後今日までの生活費は、その都度申立人保管中の夫婦の預金中より払い出し支出して来た。その総額は一〇〇万円を下らない。なお別居後積立生命保険の解約金ないし満期支払金計九〇万円の支払いを受けたが、これは長男(成人、大学生)に学資として贈与された。
(2) 相手方は肩書住所地の勤務先会社の一室に単身居住し、配管工兼トラック運転手として稼働している、昭和五〇年六月において、基本日給額は五、八〇〇円であり、月間、昼勤一三日、夜勤九日、その他運転手当、タイヤ手当等を併せて給与総支給額は一八四、一六〇円、これより税金社会保険料等を控除した手取収入額は一六二、三五〇円即ち約一六万円であつて、その後も同程度の収入があるものとみられる。
6 以上によると、申立人は別居後過去の婚姻費用については、既に前記預金より支出してこれを賄つているとみられるので、以下将来の婚姻費用分担額について計算することとするが、その具体的算定の基準としては、労働科学研究所が行つた実態調査の結果を利用する所謂労研方式に準拠するのが合理的と解するのでこの方式に従う。又前記のとおり相手方の婚姻費用分担額は、通常の場合算出される分担額より相当程度減額されるのが相当と解されるところ、その程度は、前認定の別居に至つた原因・事情からみて、上記労研方式計算における申立人の消費単位を半減する所謂消費単位半減法による算出額程度が相当であると考える。
そこで前記労研方式により標準的成人一人の消費単位を一〇〇とすると、申立人のそれは一〇〇(六〇歳未満の主婦の消費単位八〇+独立世帯加算二〇)、相手方のそれは一二五(六〇歳未満の中等作業に従事する既婚男子の消費単位一〇五+独立世帯加算二〇)であるから、前記により、申立人の上記消費単位を半減して、相手方が申立人に対し負担すべき月当り婚姻費用額を計算すると、
16万円(相手方の月収×({100(申立人の消費単位)×1/2}/{100(申立人の消費単位)×1/2}+125(相手方の消費単位)) = 16万円×(50/175) = 45,714円強……約45,000円
となる。
7 そうすると、相手方は申立人に対し、昭和五一年四月より夫婦の別居解消又は婚姻解消に至るまで、婚姻費用分担金として毎月四五、〇〇〇円を支払う義務があると云うべきだから、よつて主文のとおり審判する。
(家事審判官 西岡宣兄)